メンタル

【孤独な僕の結論】人はなぜ生きるのか、生きていく意味とは何か

2020年5月30日

 

こんにちは、Tatsu04a(@tatsu04a)です。

タイトルをご覧いただいたように、最近「人はなぜ生きるのか」と言うテーマについてずっと考えています。

答えのないテーマですが、僕なりに色々考えてみました。生きる意味を一緒に考えていきましょう。人生を楽しく生きるヒントが見つかるかもしれません。

 

人生の行き着く先は「死」

 

 

善人だろうと、悪人だろうと、大きな功績を残しても、残せなくても、社長になっても、平社員で終わっても、行き着く先は「死」です。人生の最後をいつか迎えます。

要するに、どんな生き方をしようが結末は同じです。しかし、多くの人が善人であろうとするし、功績を残そうと努力するし、出世しようと頑張っています。

 

Tatsu04a
どんな人でも、人生の行き着く先は「死」です。それを分かった上で、多くの人が毎日一生懸命頑張って生きています

 

生きる意味について、もう少し考えてみましょう。

 

生きる意味を探す余裕があるのは幸せなこと

 

 

そもそも、このような生きる意味を考えられる余裕があること自体が、幸せなことかもしれません。

世の中には今日食べるものがなくて必死に生きている人がたくさんいます。その人たちの目標は「生きること」です。生きるために食べ物を一生懸命探すのです。

ところが裕福な国では自殺がたびたび問題になっています。「生きることを目標に毎日必死に生きている人がいる一方で、生きることを保証された人が自ら死に至る」という矛盾したことが起きています。

若者の死因1位が「自殺」の日本、なぜそんなに生きるのが「辛い」のか

 

Tatsu04a
人類が生まれた遥か昔から、生きることを目標にこれまで絶滅せずに生きてきました。生きるという当たり前のことを疑問に思うこと自体が不思議ですよね。生きることを保証されたからこその贅沢な悩みなのかもしれません

 

生きる意味とは、人生の過程を大事にすること

 

 

Tatsu04a
みんな死に物狂いで毎日働くし、会社で結果を残そうと努力するし、家族サービスを頑張る人もいます。その原動力とはなんでしょうか

 

人間の行き着く先はみんな同じなのに、基本的にみんな頑張ります。

人間は生まれてから死ぬまで、ある意味毎日「死」への道のりを歩いています。少しずつ「死」に近付いていく中で、一生懸命生きる理由、それは人生の過程を大切にしたいからだと思います。

 

行き着く先はみんな同じです。でも、どうせだったらその過程を充実したものにしたい。せっかく与えられた命だから、できるかぎり幸福になる努力をしたい。

 

これに尽きるのではないでしょうか。

みなさんが毎日頑張る理由も、一回しかない人生の過程を充実させたいと願うからだと思います。

 

色々な生き方を見るために、旅をしよう

 

 

人生の過程をより充実したものにするために、旅をすることをオススメします。

世界にはどうしようもない理不尽な出来事で埋め尽くされています。それを肌で感じることで、日本はいかに恵まれてるか理解できます。

 

・小さな子どもが道端でお金を貰ってる

・ゴミがたくさん流れる川で魚釣をしている

・富裕層が超高層マンションに住む一方で、すぐ近くには大多数の貧困層がスラム街で貧しい暮らしをしている

 

ほんの一例ですが、主に発展途上国に行くとこのような光景を目にすることが多いです。

しかし、お金がないからと言って、彼らは悲観的に生きているとは限りません。

下に貼った動画はインドネシアのスラム街で生活する様子を映していますが、貧しくても笑顔を絶やさない人がたくさんいます。生きる意味とは何か、幸せとは何か、私たち日本人も学ぶことが多いですね。

 

 

まとめ

 

 

僕にとっての生きる意味とは、人生の過程を充実させることです。

もちろん答えは1つではないですし、そもそも答えがあるのかわかりません。

しかし、せっかくこの世界に生まれたので、楽しく生きていく方法を探していくことが大切なのではないでしょうか。

 

Tatsu04a
みなさんも自分なりの生きる意味を探って、毎日を充実したものになるよう過ごしてくださいね

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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